New Arrivals
Studio Session #4
私たちのこの小さな業界をご存知の方なら、ベン・フィリップスの名に紹介は不要でしょう。サヴィル・ロウでの日々から、ロジャー・グレイシーとの仕事に至るまで、ベンはブランド草創期から変わらぬ友人であり続けています。今回のスタジオ・スタイリング・セッションに彼を招くのは、至極自然な流れでした。Bryceland'sをどう着るか——コレクションの新作と、長年着込んできた愛用品を自在に組み合わせる、彼ならではの視点をお届けします。
Spinning Yarns - A focus on Bryceland's knitwear.
ニットウェアは、人と自然とのあいだに結ばれた最も古い“約束”のひとつです。それは、天候に屈しないという静かな意思表明。糸を撚り、編み、形作ることで、寒さや雨、風に抗う鎧となってきました。
Meditations on Music, Goya Gumbani
「何をするにもスタイルが必要なんだ。文章でも、音楽でも、絵画でも、ファッションでも、ボクシングでも——すべてに。」 そう語ったのは、1965年にジョージ・フレイジャーから「ウィージュンズの軍司令官(The Warlord of Weejuns)」の称号を授けられたマイルス・デイヴィスだった。 「俺はただ書き、ラップし、落書きし、スキャットするだけ。長いコートにプレスの効いたスラックス、仕上げは粋な帽子。ずっと煙と帽子の上にいる。どんな季節でもウィージュンズの軍司令官だ。」 そう詩うのはウィル・ストウ。彼のスポークンワードが、Goya Gumbaniの最新アルバムの幕開けを飾る。そのアルバムのタイトルは、60年前にマイルスに贈られたのと同じ名前——「The Warlord of Weejuns」。 Goyaとその仲間たちは、マイルスやその同時代のアーティストたちと同じく、音楽と自己表現において“スタイル”を何よりも大切にしている。何が自分に合い、何が合わないのかを知り抜いているのだ。 だが、彼らの音楽活動の核心には、それを超えたもっと深い次元が存在する。 「音楽にはスピリチュアルな側面がある。それは多くのミュージシャンが共有しているものなんだ。」と、Goyaは語る。 「僕らはみんな、どこかでその精神的なつながりを感じている。」 それは、ほんの小さな瞬間に宿る。一度それに気づけば、もう忘れられない。 ステージ上で交わされるいたずらな微笑み、スタジオで特定のサンプルが鳴った瞬間に上がる歓声、キーボード奏者が目を閉じ、その瞬間に完全に没入する姿——そのすべての中に“それ”がある。 ロンドンの音楽文化は、いつの時代も広く、多様で、その最も影響力のあるサウンドは、常に“周縁”から生まれ、地下で育まれ、反骨の精神をもつ同士によって磨かれてきた。パンク、サウンドシステム・カルチャー、パイレーツ・ラジオ——それぞれが忠実なフォロワーを持ち、都市のカルチャーそのものに消えない痕跡を刻んできた。 そして今、現代ロンドン・ジャズの音楽には、この街への深い愛情と、その豊かな音楽的遺産への敬意がはっきりと息づいている。「ロンドンの音楽シーンがクールな理由はそこにあるんだ」とGoyaは言う。「多くがコラボレーションでできている。音楽ってそういうものだろ?誰かと関わりながら、一緒に創る。いろんな背景を持つ人たちが、ひとつの“心の状態”を共有するんだ。」 その“ひとつの心”は、ジャム・セッションでも、リハーサルでも、ライブの瞬間にも息づいている。それを目撃することができるのは、まさに魅了されるような体験なのだ。 ミュージシャンではない者にとって、この創造の瞬間を目撃することは、まるで“神聖な領域”へ足を踏み入れてしまったような感覚を伴う。まるで、立ち入ってはいけない場所を覗き見しているような——。 リハーサル前の煙草をともにくゆらせる資格なんて、自分にあるのだろうか?サウンドチェック中、ドラマーがスネアの張り具合を確かめる姿を見つめると、そこには少し背徳的な好奇心が混じる。ミネラルウォーターの銘柄(どうやら“エビアン”が一番らしい)についてのささやかな会話に口を挟むのは、大人たちのテーブルに紛れ込んだ子どものような気分だ。 それでも、Goya Gumbaniというアーティストは、そうした境界を取り払う“寛容さ”を持っている。彼が音楽の中で求めている“つながり”は、限られた者たちだけのものではない——むしろ、誰にでも開かれた共有の空間なのだ。 そのため、Jazz Cafeの控室(グリーンルーム)はいつも生命力に満ちている。Goyaと道を交わしたクリエイターたちが集い、新しい音楽を祝福するエネルギーが渦巻いているのだ。...